衣笠祥雄−初代鉄人。赤ヘルが似合う世界のキヌガサ。国民栄誉賞持ってます★

今回は鉄人こと衣笠祥雄(サチオと読みます)さんです。

衣笠は連続試合出場の世界記録を更新したことで、日本だけではなく世界的に有名となりました(世界と言っても米国ですが。。)。
愛称の「鉄人」もこの頑丈さを物語っています。
現在の鉄人と言えば阪神の金本知憲選手ですが、衣笠氏がその前の元祖です。
「鉄人」という愛称は、衣笠が当初に付けていた背番号28と漫画「鉄人28号」をかけて誕生しました。その愛称は連続試合出場をこの成し遂げた頑丈な身体によって証明されたのでした。

さて、高校時代は京都の名門平安高校でならした衣笠はドラフトで広島カープから指名を受けて入団します。高校時代には2度ほど甲子園の地を踏んでいます。
広島入団時には契約金は当時としては破格の金額だったのですが、契約金でフォードを購入、シーズン前のキャンプではほとんど契約金は残っていなかったそうです。
せっかく購入したフォードですが、その後何度か事故を起こし、最終的には

免許失効(泣)

してしまいます。
さて、強打者として成長した衣笠はキャッチャーからファースト、サードと守備位置を変えつつもクリーンナップの座を不動なものとします。
クリーンナップでは山本浩二と共に強打の広島を支えますが、盗塁王を獲得するなどオールラウンドプレーヤーだったことがわかります。
連続試合出場の記録は1970年の秋にスタートし、17年かけてルー・ゲーリックの持つ世界記録を更新します。
衣笠はこの後も記録を更新し続け、1987年の現役引退までに連続試合出場記録は2215試合となりました。
記録はその約10年後、大リーグの名選手、カル・リプケンJrに更新されますが、その時にも来賓としてアメリカに呼ばれました。

連続試合出場記録も順風満帆に行ったかに見えますが、衣笠は通算死球数史上2位(当時。その後、清原和博に抜かれ現在は史上3位)というほど死球を受けます。
強打者ゆえに内角攻めが厳しかったのでしょうか。
しかし、そこは鉄人。1979年のジャイアンツ戦では西本聖から死球を受け、肩甲骨を骨折するほどの重傷をしますが、次の日の試合も代打で出場したというからさすがです。

個人的には、イメージですが、12球団中最も怪我人が多いカープにおいてこの記録を達成したのは奇跡的だと思います。
カープといえば一時期は

呪われているかのような怪我人の数(呪怨)

を球界に誇っていましたから。。。
カープに所属していてこの記録は数字以上に評価されるべきだと思います。
今は「寝違えた」だけで欠場する選手もいますし。。。
よく寝違えたというスポーツ選手をよく聞きますが、

人間はそんな頻繁に寝違えるものなのか?

と思ってしまうのは私だけでしょうか?
サボリか?とも思ってしまったりして、、、

さて、衣笠に話を戻しましょう。
1987年に現役引退した衣笠ですが、プロ野球界では王貞治に続いて史上2人目の国民栄誉賞を受賞。その後は野球殿堂入りも果たしました。

ちなみに衣笠氏の風貌はちょっと特徴的でしたが、アフリカ系アメリカ人と日本人の混血のようですね。ちょっと納得してしまいました。
現在は野球解説者、タレントとして活躍しています。
モルツ球団でもプレーしていた気がします。
世界の鉄人衣笠は、これからも鉄人ぶりを各分野で発揮してくれるはずです★

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック

失効と復活
Excerpt: 失効した保険契約は何年以内なら復活できるのでしょう? 保険料が払えなくても....
Weblog: 知って得する! 生命保険と損害保険
Tracked: 2006-08-07 22:07

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。