カズ山本−ドラキュラ似の苦労人。現在は吉本興業所属のタレントさん、「こども館〜HOW〜」の館長さんです。

1998年フランス、衝撃的な事件が起こった。

照りしきる太陽の下、眼鏡をかけた男が思い口をゆっくりと開く。
「外れるのは、、、、、」

「カズ、三浦カズ」

キングカズこと三浦一良選手がフランスワールドカップ日本代表メンバーを外れた時のことを今も覚えています。

はい、というわけで、今日は野球界の「カズ」ことカズ山本選手です。
ちなみに本名は山本和範(やまもとかずのり)さんと言います。
カズ山本と言えば、恐い顔としても有名でよく珍プレー集にも登場していました。
ドラキュラに顔が似ていることから仰木彬さんが「ドラ」という愛称をつけました。

カズ山本は高校時代は戸畑商業高校の投手として活躍します。
しかし、高校時代には

単位が足りず留年

も経験。
高校卒業後、ドラフト5位で近鉄に入団するも結果を出すことができず、近鉄を解雇されてしまいます。
なお、山本は当初はピッチャーとして入団したのですが、入団後すぐのキャンプで、酔っ払った仰木氏に

「お前は投手を辞めろ」

といきなり言われて、野手に転向したというエピソードがあります。

さて、近鉄を解雇されてしまった山本ですが、当時の南海2軍監督だった穴吹義雄氏は、対戦相手としてプレーをしていた山本の活躍を高く評価していました。
その穴吹氏が南海1軍監督に就任したのを受け、山本は南海に入団することになります。
近鉄解雇後、南海に入団するまではバッティングセンターでアルバイトを経験する、高校時代には単位が足りずに留年する、オフには土方のアルバイトをしていたなど顔に似合わず苦労人なんです。

南海時代にはまずまずの成績を収めていました。
さらにフランチャイズが福岡に移った後には、そのキャラクターもさることながら、地元出身選手としてファンからも高い人気がありました。
1994年には登録名は「カズ山本」に変更。
ファンに親しみやすい登録名も山本選手の人気を後押ししたことでしょう。
ちなみに、なぜ「カズ山本」に登録名が変更されたかについては、実は冒頭の「キングカズ」こと三浦一良選手に関係があります。
カズ山本以前は「ドラ」の愛称で親しまれてましたが、子供が「なぜ君の親父はドラと呼ばれているの?」と聞かれ、

顔がドラキュラに似ている

とは口が裂けても言えないため、サッカーの人気選手であった三浦一良選手にちなんで「カズ山本」と登録名を変更します。

さて、1995年にダイエーを自由契約となった山本ですが、そのオフには近鉄の入団テストを受けて見事合格。
近鉄に復帰します。
近鉄入団後最初のシーズンにはオールスターに選ばれるほどの活躍をします。
すでに40歳に近い年齢ながら、やはり苦労人だからでしょうか、非常に勝負強い打撃が印象に残っています。
現役最後のシーズンの最終戦、対ダイエー戦では篠原貴行投手のシーズン勝率10割という記録をホームランで阻止。
近鉄、ダイエーどちらのファンからも山本コールが起こりました。
現役最後の打席が劇的なホームランとは、いままで苦労してきた山本選手への御褒美だったのかもしれませんね。

引退後は、そのキャラクターを活かし、吉本工業所属のタレントとして活躍すると共に、北九州市にある「こども館−HOW−」の館長を務めています。
タレントとしての登録名はもちろん「カズ山本」です★

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